今回紹介する小説は有川浩さんの『クジラの彼』です。
この小説は短編集という形になっており、その中には有川浩さんの別の小説である『空の中』『海の底』(自衛隊三部作のうちの二つ)に登場した人物を描いたものもあります。
これらをまだ読んでない方は、先に読んでからのほうが楽しめるかと思います。
自衛隊三部作の紹介ページはこちら↓↓
有川浩さんの自衛隊三部作とは?
本ページでは『クジラの彼』に収められている6つの恋愛短編について紹介しています。
まだ読んでない方は是非、気になったあらすじがあったら本編も読んでみてください。
すでに読んだ方も、そういえばこんなシーンあったなと楽しめる内容となっています。
クジラの彼
『海の底』にも登場した海上自衛隊員である冬原春臣と、普通の会社員である中峯聡子の恋愛を描いています。
時系列的には『海の底』の前後となっており、この短編の途中で『海の底』で描かれている事件が起こります。
あらすじ
タイトルにもついている「クジラ」がきっかけで二人は付き合うことになりますが、冬原は海上自衛隊員として潜水艦に乗って世界中の海を航海しているため一種の遠距離恋愛状態です。
しかも基本的には携帯の電波も届かず、連絡が取れるのはたまたま電波の届く海域に浮上している場合のみという状況。
ある日の別れ際、聡子が思わず言ってしまった一言で気まずい雰囲気になってしまいます。
それからの会えない日々を聡子がもやもやしたまま過ごしていると、冬原の乗っている艦が事件に巻き込まれたという情報が。
安否が分からず心配な日々が続く上に、嫌な上司からしつこく言い寄られる始末。
一度連絡が取れなくなったら次に会えるのはいつか分からない。
「結構きついバージョン」の遠距離恋愛を二人はどう乗り越えるのか?
好きなセリフ・シーン
ここからは好きなセリフやシーンの紹介をしていきますが、ネタバレ要素が強いため非表示にしています。
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「どれくらい『きつい』か分かんないけど、我慢したいから」
『クジラの彼』より引用
冬原から、「結構きついバージョン」の遠距離恋愛になるから付き合うのは考えどころだと言われるシーン。
冬原は自分の考えどころではなく聡子の考えどころという意味で言ったのですが、勝手に気持ちを見積もられたと感じた聡子は冬原を責めます。
しかし実は冬原のほうも不安であり、それに気づいた聡子が言ったセリフです。
「聡子が待っててくんなきゃ嫌だ」
『クジラの彼』より引用
冬原はいつも、聡子が待てなくなったらいつでも別れたことにしていいと言い続けてきました。
それに対し聡子は自分が待ってなくて平気なのかと問いかけます。
そして冬原の上のセリフ。
いつも聡子側の都合ばかり考え、聡子のための理屈で話していた冬原がストレートに自分の想いを伝えたセリフにグッときました。
ロールアウト
上で紹介した『クジラの彼』のきっかけが「クジラ」なら、ここで紹介する『ロールアウト』のきっかけは「トイレ」です。
航空設計士として重工に務めるメーカー側の宮田絵里と、幹部自衛官であるユーザー側の高科との恋愛を描いています。
あらすじ
この物語は男子トイレから始まります。
自衛隊の隊舎内で「通路」として使われている男子トイレを、航空機開発のヒアリングに訪れたメーカーの社員が通る中、絵里は当然躊躇しますが高科は何食わぬ顔で通行を促します。
出会いの印象は悪いまま、絵里が高科に要望のヒアリングを行うと真っ先に高科の口から出たのは「トイレ」でした。
現行機のトイレは簡易トイレをカーテンで仕切っただけのもののため、新型機はコンパートメント式にしてほしいという要望。
開発にはスペースや重量の問題があるため、絵里を含めたメーカー側は任務に関係ないとして優先度を下げますが、業務と生理現象は切り離せないという高科からの正論に反論できない絵里。
その後の「荒療治」もあり、絵里はトイレのコンパートメント化の重要性を理解しますが社内に味方はいません。
高科と二人で奮闘するうちに絵里は自分が高科に惹かれていることに気づいてしまい…
一言メモ
全体的に恋愛要素は薄めではありますが、最後のシーンで一気に恋愛の方向に展開します。
タイトルの『ロールアウト』は何を意味するのでしょうか?
好きなセリフ・シーン
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「大丈夫と連呼する人ほど大丈夫じゃない」
『クジラの彼』収録の『ロールアウト』より引用
社内に味方のいない絵里を気遣う高科に「大丈夫」と気丈に答える絵里でしたが、この言葉を言われた瞬間に視界が滲みます。
ハンカチを差し出す高科。
この時点では二人は特別な関係ではないのですが、この状況を他の社員に見られており、絵里への風当たりはますます強まります。
そして、高科との仲を勘ぐられ立場が厳しくなった状況での絵里の語りの部分が以下。
勘ぐられるような事実は何もないけど、勘ぐられるキモチならある。
『クジラの彼』収録の『ロールアウト』より引用
絵里が自分の気持ちに気づく重要なシーンへと繋がります。
国防レンアイ
お互い自衛官である、伸下雅史と三池舞子の恋愛を描いています。
この短編のポイントを一言で表すなら「タイミング」でしょうか。
あらすじ
三池舞子は見た目は美人なものの、訓練中の厳しい様子から陰で「鬼軍曹」と呼ばれています。
その鬼軍曹に、同期入隊ながらいつもいいように使われている伸下雅史。
三池の失恋の度に飲みに連れていかれるものの、伸下は専ら車を出す役目のため酒は一滴も飲めず、失恋の愚痴を延々と聞かされるだけ。
新人の頃から三池は伸下をよく相談相手に選んでおり、その様子に周りからは、いずれ二人は付き合うものと思われていました。
しかし、お互いその気はあったもののタイミングが合わず付き合うことはありませんでした。
ある日、伸下に迷惑をかけてしまった三池はお詫びとして伸下を飲みに誘いますが、そのお店で失恋相手の男と偶然出会ってしまいます。
失恋相手の男とその友達のあまりにもふざけた態度に三池、ではなく伸下が激怒。
これをきっかけに二人の仲は進みだします。
一言メモ
二人の複雑な関係性はあらすじにはまとめられないほどです。
伸下の8年越しの想いの行方は?
好きなセリフ・シーン
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「こっちゃ伊達や酔狂で国防やってねえんだよ。」
『クジラの彼』収録の『国防レンアイ』より引用
三池が腹筋や胸筋を笑われ別れた男と再会した際に伸下が言ったセリフ。
三池が一番言いたかったことを伸下が代弁し、これがきっかけで二人の仲が進んでいくという重要なシーンです。
「八年引きずったんだから多分けっこうしぶといよ、俺」
『クジラの彼』収録の『国防レンアイ』より引用
以前三池は自衛官と付き合っていましたが、転属による遠距離恋愛の末に浮気をされ傷ついた経験から、隊内の男とは付き合わないことに。
当然伸下も恋愛対象から外れていたわけですが、その裏には伸下にまで裏切られたら立ち直れないという思いが。
それだけ伸下の存在が大きいことに気付いた三池は伸下に想いを伝えます。
これまでの三池の恋愛事情を知っている伸下は、いつ転属になって遠距離になるか分からないという状況を踏まえて上のセリフを言います。
これを聞いた三池は鬼軍曹らしく「合格!」と怒鳴りますが、その直前にはくしゃっと歪んだ顔がありました。
有能な彼女
『海の底』に登場した自衛官の夏木大和と大人になって防衛省に入った森生望の恋愛を描いています。
時系列的には『海の底』の後で、序盤では同じく『海の底』に登場した冬原に子供が生まれた様子も描かれています。
あらすじ
『海の底』から数年後、大人になり防衛省に入った望が夏木のもとに押しかける形で二人の交際はスタート。
夏木は周りからのプレッシャーや「結婚の先輩」である冬原からの忠告もあり望との結婚を考えますが、有能で防衛省内での評価も高く順調に仕事をしている望にとって結婚は重荷になるのではと考えなかなか言い出すことが出来ません。
ある日の上陸中、広報室に取材のため呼び出された夏木は仕事中の望を目にします。
そこには恋人である夏木が惚れ直すほど溌溂と仕事に取り組む魅力的な望の姿がありました。
こんな魅力的な望を同僚は毎日目にしているという事実。
潜水艦乗りの恋愛にとって最大の敵である距離という問題が改めて目の前に突き付けられます。
たまに会っても夏木の口の悪さと、望の些細なことに引っかかる性分のせいで喧嘩ばかり。
夏木は自信を失くしていき、ますます結婚を言い出せなくなります。
そんなある日、二人で会っているときもパソコンで仕事をしている様子の望に夏木は何をしているのかと問いかけます。
すると望からは予想外の答えが。
一言メモ
この短編には『海の底』でも登場していた望の弟・翔も登場します。
『海の底』から成長している二人の姿が描かれているのもポイントです。
また、個人的には夏木と冬原のお互いを認め合っている関係性も好きなので是非読んでほしいです。
好きなセリフ・シーン
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主流じゃない夏木が好きな望はしかし、はっきりと主流派の有能な人材だった。
『クジラの彼』収録の『有能な彼女』より引用
これはセリフではなく地の文なのですが、単純に言い回しが好きだったので挙げさせてもらいました。
ここで言う主流とは常識的で有能な人材のこと。
夏木(冬原も)は明らかに有事のときのための人材で、平時にはアクが強すぎるため目立たずにいてほしいと周囲からは思われています。
一方、望は有能で仕事ができる主流派です。
冬原は「望ちゃんは主流じゃないお前が好きなんだろ」と言いますが、そのフォローも空しく距離という問題を前に不安になる夏木の気持ちを表した一文です。
「よし分かった。やっぱお前、俺じゃないと無理だわ。」
『クジラの彼』収録の『有能な彼女』より引用
プロポーズの直後の喧嘩中、望が同僚に狙われるのが心配だと話す夏木に望は、仕事中の自分は我が強くすぐに口論で相手を叩き潰すため自分を狙ってくる人なんていないと話します。
そして以下のセリフ。
「夏木さんと喧嘩するときの半分も本気出してないのに」
『クジラの彼』収録の『有能な彼女』より引用
それを聞いた夏木は笑いを堪えきれなくなります。
プロポーズの直後に喧嘩に突入されても持ちこたえられる男はそういないだろうと納得した夏木のセリフです。
脱柵エレジー
自衛官の清田和哉とその部下の吉川夕子の恋愛を描いています。
二人は恋人同士ではありませんが、お互いその気持ちはあるという状況での物語です。
あらすじ
始まりは名前も出てこない新人隊員の物語からです。
その新人隊員は高校生の頃から付き合っている彼女がいますが、自衛隊に入隊したことで気軽に会うのが難しくなっていました。
新人隊員のいる駐屯地は彼女のいる地元から電車で三時間の距離。
ある時、会えないのが辛いという彼女のために新人隊員は一晩限りの脱柵を決意しますが、清田と吉川に見つかり失敗します。
時間の制約上、彼女にも途中まで来てもらう約束になっているため行かせてほしいと懇願する新人隊員に清田は「賭けてもいいけど彼女は来ない」と言い放ちます。
実は清田にも昔同じように脱柵をした経験があったのです。
そして彼女が来なかった経験も。
結局、清田の言う通り新人隊員の彼女は来なかったことが判明します。
落ち込む隊員を隊舎に帰した後、話は部下の吉川のほうに。
なんと吉川にも昔、恋人のために脱柵を試み清田に捕まった経験があったのです。
昔を懐かしむように話す二人。
もうすぐ転属になってしまうという清田。
こうやって血迷った若い隊員を二人でなだめる夜もなくなってしまいます。
そんな二人の関係の行方はどうなるのか?
好きなセリフ・シーン
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「俺なら止めるぞ」
『クジラの彼』収録の『脱柵エレジー』より引用
脱柵を試みた昔の吉川が清田に捕まりなだめられるシーン。
このとき吉川は昇任試験の結果を待つ大事な時期で、問題を起こせばその結果にも響いてきます。
そんな時に脱柵をさせる男はろくな奴じゃないとなだめますが、吉川は「彼が言ったわけではない」と食い下がります。
しかし、そんな吉川も清田のこのセリフと説得によって理解し、深く一礼して隊舎に戻っていきます。
「今なら私は距離にも時間にも負けない自信があります」
『クジラの彼』収録の『脱柵エレジー』より引用
清田の転属の話になった際に吉川が言ったセリフ。
雰囲気とタイミングから、この言葉が何を意味しているかは言わずもがな。
いい雰囲気で会話が進みます。
そして会話が終わるとまた仕事モードに戻り敬礼をして解散。
血迷った若い隊員を二人でなだめる、そんな夜が転属までにもう一度くらいあればいい。
清田がそんな不謹慎な期待をしたところで物語は終わります。
ファイターパイロットの君
『空の中』に登場した航空機開発者の春名高巳と、同じく『空の中』に登場した航空自衛隊のパイロットである春名(旧姓:武田)光稀の結婚後のワンシーンを描いた短編です。
この本の最後に収録されているこの短編は子供にも焦点が当てられています。
あらすじ
保育園で子供同士が親のファーストキスの話をしているという話題で始まるこの短編ではまず、娘の茜にせっつかれて高巳が光稀との初デートを回想するシーンが描かれています。
その後、茜と高巳のシーンに戻ると、高巳・光稀夫婦と高巳の両親との間に軋轢があることが判明。
どうやら結婚しても家庭に入らずに単身赴任している光稀のことを高巳の両親が良く思っていないようです。
保育園のお迎えを高巳の両親に頼まざるをえなくなったときには、茜に対して「ママは茜より飛行機が好きだ」と入れ知恵する始末。
そのことを気にする茜に高巳は、光稀がどれだけ茜のことを愛しているか、どれだけ素晴らしいパイロットかを語ります。
その頃、光稀は急遽入った夜間訓練を終え帰り支度を急いでいました。
この日は茜の5歳の誕生日。
単身赴任先から急いで高巳と茜のもとに帰るも夜の11時を回っており、茜はすでに眠っていました。
うなだれる光稀を慰める高巳。
光稀が茜を愛していることを、茜はちゃんと分かっているということを高巳から伝えられ、光稀は涙を堪えきれなくなってしまいます。
一言メモ
高巳と光稀の初デートのシーンは二人の性格が良く表れていて面白いです。
高巳の視点から語られているため、ところどころ、というか頻繁にのろけが入っているのもポイントです。
好きなセリフ・シーン
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絶対君にF-15を降りてくれなんて言いません。だから結婚してください。
『クジラの彼』収録の『ファイターパイロットの君』より引用
高巳のプロポーズのセリフ。
F-15というのは光稀が乗っている戦闘機の名前です。
作中では実際にプロポーズしているシーンは描かれておらず、このセリフだけが回想のような形で登場します。
高巳の両親との軋轢もあり、降りたほうがいいのかなと弱音を吐く光稀を高巳はこの言葉を思い出しながら慰めます。
そして、続く以下の文にも高巳の決意が表れています。
普通の奥さんになれないのにごめん、なんて光稀に言わせるつもりなどなかった。
『クジラの彼』収録の『ファイターパイロットの君』より引用
最後に
『クジラの彼』に収められている短編はどれも本当に面白く、キュンとくる内容になっています。
それぞれ「遠距離恋愛」「結婚」「子供」のようにテーマが異なっているため、読んでいて飽きが来ないのもポイントです。
それと個人的には『空の中』や『海の底』で読んだ人物が描かれている点も魅力でした。
これらをまだ読んでない方は↓の紹介記事にも是非目を通してみてください。
有川浩さんの自衛隊三部作とは?